コラム最終更新日:2025年4月30日
M&Aにおいて、譲渡対価をどのように受け取るかは、税負担に大きな影響を与えます。受け取り方次第で最終的な手取り額が大きく変わるため、慎重な検討が必要です。特に近年、M&Aの実務において 「アーンアウト条項」 が活用されるケースが増えています。このアーンアウト条項により譲渡対価の一部を後から受け取る場合、税負担が通常の株式譲渡とは異なる点に注意が必要です。本コラムでは、アーンアウト条項が手取り額に与える影響について解説します。
アーンアウト条項 とは、M&Aにおいて 譲渡対価の一部を一定期間後に支払うことを定めた条項 です。通常、譲渡企業の業績や達成目標に基づいて、M&A成立後の一定期間(1~3年程度)経過後に追加の支払いが発生する仕組みになっています。
アーンアウト条項は、以下のようなケースで導入されることが多いです。
このように、アーンアウト条項は買い手・売り手双方にとってリスクヘッジの手段として機能します。一方、アーンアウト条項が含まれることで、譲渡対価の受取り方に影響が出る ことには注意が必要です。
通常のM&Aによる 株式譲渡 では、譲渡対価は「譲渡所得」として扱われ、分離課税 となります。
特に株式の保有期間が5年を超えている場合は長期譲渡となり、20.315%(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税)の税率による課税が行われます。
一方で、アーンアウト条項によって譲渡後に受け取る追加支払いは、通常「雑所得」として扱われる可能性が高いと考えられます。雑所得は総合課税の対象となるため、給与所得や事業所得と合算され、所得が増えるほど税率も上昇します。特に高額の追加支払いを受ける場合、累進税率(最大55%)によりの税率が適用されることもあり、株式譲渡の譲渡所得として計算するよりも税負担が大きくなる可能性があります。
特に、アーンアウト条項による追加支払いの割合が大きい場合 は、税負担の影響がより顕著になります。
アーンアウト条項による追加支払いが雑所得として扱われるのは、譲渡時点で確定していない対価であるためです。これは、過去の税務判例でも確認されています。例えば、平成28年10月6日の大阪高裁判決では、特許譲渡の対価として追加支払いが発生したケースについて、その収入が雑所得として認定されました。この判例では、追加支払いの金額が譲渡時点では確定しておらず、譲渡所得として課税すべきではないと判断されたのです。
同様に、M&Aにおけるアーンアウト条項も、譲渡対価の一部を一定の条件の下で後払いする仕組みであるため、譲渡時点での確定対価とは言えないケースが大半と考えられます。その結果、追加支払い部分が雑所得とみなされることが一般的であり、売り手オーナーにとっては想定以上の税負担が発生するリスクがあるのです。
M&Aにおいて、譲渡対価の受取り方は最終的な手取り額に大きな影響を与えます。特にアーンアウト条項が含まれる契約では、追加支払い部分が雑所得として扱われ、累進課税の影響で税負担が増大する可能性があります。株式譲渡の対価を一括で受け取る場合と比べ、手元に残る金額が大きく異なることがあるため、注意が必要です。
【コラム執筆者】
社員税理士 杉井秀伍
プロフィール:2016年4月より1年間、大手M&A仲介会社に出向、中小企業M&A業務の実務を経験する。その後税理士法人杉井総合会計にて税理士登録。日本最大のネットマッチングサイト「バトンズ」にて2020年ベストアドバイザー賞を受賞。
保有資格:税理士、M&Aシニアエキスパート
支援実績等:学習塾事業・調剤薬局事業・旅客運送事業・金属加工業 等